臨津閣(イムジンガク)を見学した時の続きです。

都羅山は民間人統制区域となってて、ツアーなどの許可なしには立ち入ることはできませんが、臨津閣は誰でも自由に来れる38度線の最終ラインです。

その臨津閣には何があるのかというと、ここにも朝鮮戦争の傷跡を物語る展示物や展望台、公園などがあります。

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戦争の生々しい傷跡が残っている場所

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駅を出て左に歩いて行くと旧京義線の橋桁が見えます。

柱だけ残っているのが旧線で、その左を現京義線が走ります。

 

旧京義線の橋桁はもともと上下線で2本あったわけですが、右の旧上り線は爆破されたままとなっています。

一度は道路橋になりましたが、京義線の南北連結事業によって、2001年から再び鉄道橋となりました。

 

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ここから更に行くと臨津閣の文字が見えてきます。

奥に入って行くと、展望台などがあります。

 

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展望台のわきを抜けて奥に行くと、旧京義線のレールが一部残されています。

 

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レールの先には、かつてこの線路を走っていたであろう機関車が残っています。

生々しい弾丸の跡です。

朝鮮戦争で消費された弾薬量は、第二次大戦のそれの約50%、太平洋戦争でアメリカが日本を攻撃するために使用した弾薬量の約4倍とも言われています。

機関車も破壊された旧線の跡も、それだけこの戦争の凄まじかったことを物語っています。

 

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さらには有刺鉄線とフェンスにはおびただしい数の短冊が。

世界平和も文字は目立ちますね。

 

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下り線の橋は、北朝鮮から捕虜が帰還した時に「自由万歳」と叫んだことから「自由の橋」とも呼ばれています。

この日は天候も悪化してきたのと帰りの電車の時間もあったので、ここで引き返すことにしました。

後日また天気のいい日に、再訪問したいと思います。