皆さんは最澄と空海をご存じでしょうか?という質問をすると「バカにしてんのか?そのくらいはわかるよ」という方が大半だと思います。

歴史の教科書にも出てくる仏教界のカリスマともいうべき存在の二人。

ところで彼らがほぼ同じくらいの時期に中国(唐)に渡ったのはご存知でしょうか?今日は最長と空海にちなんだお話です。

 

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最澄と空海が生きていた奈良時代後期から平安時代初期。当時は仏教が盛んで僧侶が政治にどんどん介入するようになり、権力を持つようになっていたのは皆さん歴史の授業で習ったかと思います。

疫病根絶のために大仏を建てて信仰するくらいですから、僧侶の地位はかなり高かったのでしょう。

 

 

 

そんな僧侶に祈祷してもらえば病気が治るというのは科学の発達した現代においては考えられないですが、当時はそれが当たり前のようにみんな信じて疑わなかったんです。

そんな時代ですから、ある意味僧侶のやりたい放題です。仏教をかさにいろいろやったんでしょう。腐りきった僧侶たちで溢れかえっていました。

 

 

 

そんな中で最澄は19歳の若さで朝廷専属の僧侶(10名くらいしかなれない)になります。19歳で内閣入りするようなものですね。まさにベジータ様並の超エリート(笑)

しかし腐りきった僧侶たちを見て「こんなものは俺が目指す仏教じゃない」とあっさり辞めます。そして比叡山にこもり修行に専念します。そこで開いたのが「天台宗」です。

 

 

 

最澄
平安時代になり桓武天皇はこの腐りきった僧侶たちの影響を排除するため都を京都に移します。しかし都を移転したものの仏教が必要だって考えは変わらないんですね。

そんな時最澄の噂を聞いて「こいつしかいない」と最澄を京に呼びます。天台宗ブームが始まりです。

 

 

 

時代を同じくしてサイヤ人の落ちこぼれカカロット(孫悟空)的存在の空海は奈良で最澄のように僧侶になるべく猛勉強。

当時18歳。カカロットも最初はベジータを目指していた時期があったんですね!しかしあっさり断念。修行に明け暮れます。理由も同じく腐った仏教界に耐えられなかったからです。

 

 

 

そんな平安時代、当時中国では密教が最先端をいっていました。やがてその密教を日本にもという声が高まり、僧侶たちを遣唐使(留学生)として送り込みます。この時最澄と空海も唐に渡るわけですが、ここで待遇の差が・・・

超エリートの最澄は通訳付きの留学費用は全て国が負担。

一方、空海はまだ無名の僧。しかし、「オラもっと強えやつと戦いてえ」と言わんばかりに遣唐使船に飛び乗ります。最澄と空海の関係はまさにエリート交換留学生と貧乏自費留学生の構図成立です。

 

 

 

交換留学生も成績優秀なら留学費用を国が負担する制度などもあります。そうでなくても普通は親が費用を負担してくれるでしょう。

しかし空海はそうはいきません。中国で自費留学生の空海がどうやって留学費用を賄ったのかは今だに謎です。

もしかして現地の女性をひっかけてヒモ同然の生活を送ってたとか?

 

 

 

だから留学時代の記録がない。というより記録に残せない?空海も実はなかなかのエロ坊主だったんじゃ?なんてことも想像してみたり(笑)

実は空海、かなりのイケメンだったらしいです!

 

 

 

しかし言葉や文化の壁と戦いながら、仏教の修行に励むのは相当の困難があったはず。

いくら空海ほどの天才といえども「手ぶらで日本には帰れない」。そんなプレッシャーと一人孤独に戦いながら密教の修行に明け暮れていたのかもしれません。

日本のレオナルド・ダヴィンチとも言える空海は帰国後の真言宗を開祖した後の華やかなイメージが強いですが、個人的には留学時代の彼の裏歴史に興味があります(笑)

 

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さて、最長と空海の留学生活を見比べた時、語学(彼らは密教)をマスターできるかどうかを見出す大事な部分があるのではないでしょうか?

最澄は留学期間が短く中国版天台宗はマスターしたものの、一番やりたかった密教はできずに帰国。とりあえず学部の授業はなんとかこなしたけど、取りたい科目残して帰ってきちゃった感があります。

 

 

 

一方、空海は中国で何年もの修行の末密教をマスター。帰国後の密教ブームもあり、一躍スターダムにのし上がります。

悟空がスーパーサイヤ人になりベジータを越えた瞬間でしょうか!

 

 

 

最澄=交換留学生、空海=自費留学生と位置づけてみましたが、交換留学生と自費留学生はどちらにメリットがあるのでしょうか?

一見、手厚い保護を受けている交換留学生はうらやましい限りです。しかし空海は何の支援もない自費留学生にも関わらず、最澄にできなかった「密教をマスターする」という偉業を成し遂げて帰国、大きく花開きました。

 

 

 

ここにそれぞれの留学生活の長短があるのではないかと思います。

交換留学生は留学費用(語学堂の授業料)の一部を負担しなくていいかわりに、ほとんどが留学期間は1年と決まっています。

1年というと韓国語が全くわからない学生なら語学堂の中級まで勉強して終わりです。また語学堂だけでなく、学部の授業も受けねばなりません。

 

 

 

そうでないと自国の大学を卒業でなくなります。

最澄は中国の天台宗(学部の授業)もマスターするという役目を背負って中国に来ました。故に費用は国が全て持ってくれましたが、やりたかった密教にはほとんど触れられず帰国します。

留学期間も決まっていました。
空海
しかし空海は自分で好きなように学ぶことができる立場でした。自腹を切るものの、自分次第でより多くのものに触れられます。

語学堂でも自費留学生なら韓国の大学や大学院に進学も可能です。外大の外国人学生は韓国の大学や大学院進学を目指してる人が多いです。

空海が密教をマスターできたのにはこの自由な環境があったからではないでしょうか。

 

 

 

帰国の時期に制限がなかったが故に長い滞在が可能だった空海。費用はかかっても結果的に最澄(交換留学生)よりも多くのものを手にして帰国しました。

それにこの時代に学生ビザなんてなかっただろうから、何年いても関係なかったでしょう。

それぞれに長短があるものの、自分の頑張り方次第ではでいくらでも有意義な留学生活になるのではないでしょうか?

 

 

 

 

韓国に住めば韓国語が身に着く。韓国人と付き合えば韓国語が無条件に上達するというのは大きな間違いです。

語学は誰でも身に着けられる反面、それなりの努力を積み重ねることが必要です。

空海が密教を苦労して、それとも楽しんでマスターしたかはわかりませんが、これから韓国留学を考えてる人は、韓国でより多くのものを身に着けられるように、頑張ってみましょう!